転落等による事故の場合の労災申請や損害賠償請求について  

業務中に転落等によって怪我をした場合、従業員はどのような補償を受けられるかについて以下ではご説明させて頂きます。

転落事故における労災の基礎知識

業務中の転落事故の実態についてご説明させて頂きます。

労災発生の転落事故の割合

厚生労働省の統計によれば、労働災害における死亡者のうち25パーセントが墜落、転落が原因で死亡しています。そして、死亡者の割合としては1番となっています。また、労働災害において休業4日以上の死傷者数のうち原因が墜落、転落なのが14パーセントです。これは、死傷者数の割合としては2番目となっています。

転落等の事故が起きやすい業種

厚生労働省のデータによると、建設業や運輸交通業において墜落・転落によって死傷を負う労働者の割合が多いです。

転落による後遺症等のリスク

転落事故は骨折を負うことになることがあります。さらに転落の仕方によっては腹部を打つなどして腎臓等の内臓を損傷する場合もあります。また、脊髄を損傷することによって下半身に痺れが残ったり、動かなくなったりしまうこともあります。内臓を損傷したり、脊髄を損傷したりすることで今までの労働ができなくなることがあります。治療を行ってもこのような症状が良くならない状態のことを症状固定といいます。そして、症状固定後に残る身体的ダメージを後遺症といいます。

転落等の事故の場合の労災申請

転落等の事故の場合、怪我を負ってしまった労働者は、どのような手続きを経て補償を受けることができるかについて以下でご説明させていただきます。

使用者側に発生する責任

従業員が労働災害で負傷した場合、企業側には民事責任、労災補償責任、刑事責任、行政上の責任を負う可能性があります。

民事責任としては、雇用契約に伴って信義則上、従業員の生命・身体の安全・衛生を配慮する安全配慮義務を負担すると考えられています。従業員に対する安全配慮義務違反という形で債務不履行責任として法的責任を負うことがあります。その場合、企業は従業員に対して損害賠償責任を負うことになります。

労働基準法は、労働災害があった場合に、企業側は労働者に対して労災補償責任を負わせています(労働基準法75条以下)。

労災事故の場合、企業側が業務上過失致死罪、労働基準法違反や労働安全衛生法違反に問われ、刑事責任を負うことになる可能性があります。

労災事故が起きた場合、行政指導や行政処分等の行政責任を負うことがあります。

労災申請における手続き

労働災害においての保険給付の手続きは次の通りです。労働災害によって負傷した従業員は、労働基準監督署に行きます。そして、労働基準監督署に備え付けてある請求書に必要事項を記入し、労働基準監督署に提出します。そして、労働基準監督署は必要な調査を行います。その結果、労働基準監督署の判断によって保険給付が受けられます。企業側は、従業員が、労災保険給付等の請求書において1負傷又は発病の年月日、2災害の原因及び発生状況等の証明をしなくてはなりません(労働者災害補償保険法施行規則12条の2第2項等)。

また、従業員が労働災害により死傷した場合には、企業は従業員の死傷病報告書を労働基準監督署長に対して提出しなければなりません(労働基準法施行規則57条、労働災害安全衛生規則97条)。休業4日以上の場合には遅滞なく提出し、休業4日未満の場合は3ヶ月毎に提出しなければなりません(労働基準法施行規則57条2項、労働安全衛生法規則97条2項)。故意に従業員の死傷病報告書を提出しなかったり、虚偽の内容を記載した同報告書を労働基準監督署長に提出したりすると労災隠しとして刑事処罰を受けるおそれがあります(労働安全衛生法100条又は同法120条第5号)。

労災申請によってカバーできる対象の費用

労災保険は、療養補償給付、休業補償給付、傷病補償給付、障害補償給付、介護補償給付、遺族補償給付、葬祭料などがあります。

(1)治療が必要なケース

業務により発生した傷病に治療が必要な場合には、療養補償給付が支給されます。療養補償給付は原則として現物支給としています。労災病院や労災指定病院などでは原則無償で療養補償給付を受けられます。それ以外の医療機関で医療サービスを受けた場合には、従業員が一旦費用全額を負担し、後で請求することになります。これらの治療代については全額支給されます。

(2)就労不能になったケース

業務により発生した傷病により就労不可能となった場合、休業補償給付が支給されます。療養のために休業した4日目から支給されます。1日につき給与基礎日額の100分の60が支給されます。休業補償給付に加えて、社会復帰促進等事業の制度の一つとして休業特別支給金が1日につき給与基礎日額の100分の20を支給しています。

(3)長期にわたって治癒しないケース

業務により発生した傷病の療養を開始してから1年6ヶ月が経過しても治癒しない場合に傷病補償年金が支給されます。傷病補償年金の支給により休業補償給付は支給されなくなります。しかし、療養補償給付は継続給付されます。

(4)治癒後、障害が残ってしまったケース

業務による傷病は治癒しても身体に障害がある場合には、障害補償給付が支給されます。障害等級が1級から7級までの障害がある場合には障害補償年金を、8級から14級までの障害がある場合には障害一時金が支給されます。

(5)日常生活に介護が必要になってしまったケース

業務により発生した傷病により従業員が常時又は随時介護が必要な状態にある場合には介護補償給付が支給されます。具体的には、従業員に障害補償年金又は傷病補償年金を受ける権利があり、障害の程度が一定のレベル以上で、さらに特別養護老人ホーム等に入所していないか、医療機関に入院していない場合に支給されます。

(6)死亡してしまったケース

業務による災害で従業員が死亡した場合、遺族補償給付が支給されます。遺族補償給付が支給されます。遺族補償給付が支給される遺族は、従業員の死亡当時その収入によって生計を維持されていた配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹となっています。さらに、受給資格が最先順位にある者に支給されます。なお、配偶者には内縁関係も含まれます。

ただし、遺族補償年金の受給者資格となるためには、男性配偶者、父母、祖父母は従業員死亡当時60歳以上であることが必要です。子や孫の場合は、労働者の死亡当時18歳以下であることが必要です。兄弟姉妹は従業員の死亡当時18歳未満または60歳以上であることが必要です。障害補償年金の受給要件を満たさない最先順位の遺族には一時金が支給されます。また、死亡した従業員の葬祭のために必要な費用として、葬祭料が支給されます。

転落等の事故による損害賠償請求

労災保険は、労働災害を被った従業員に立証責任を軽減し、従業員がなるべく確実に補償を受けられるような制度となっています。しかし、従業員に発生した損害を全て補填するものではありません。休業補償は、前述の通り、特別支給金の2割を考慮しても8割分の補償しかしていません。また、労災保険は、精神的苦痛に対する損害賠償である慰謝料に相応する給付を用意していません。そこで、労災保険によって補填されない損害については、裁判所に民事訴訟を提起することが考えられます。

損害賠償請求実施の可否

裁判所に民事訴訟を提起する場合、不法行為(民法709条)か安全配慮義務違反(民法415条、労働契約法5条)に基づく損害賠償が考えられます。一般的には両方の法律構成で損害賠償請求をすることが多いです。

該当する可能性のあるケース

例えば、大阪高裁平成20年7月30日判決の事例を参照すると、戸建住宅の新築工事現場で作業をしている従業員が転落した場合、転落防止のための足場の設置等の危険防止措置を講ずる義務があるにもかかわらず、これを怠ったと認定されると、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求が認められることがあります。同判決の事例を参考にすると、訴訟において裁判所は、ガイドラインや労働安全衛生規則を考慮して企業側に転落防止措置を取る安全配慮義務を肯定していると考えられます。しかし、この判決でも指摘されているように従業員側がどのような経緯で落ちたかによって従業員側の落ち度が考慮された賠償金額になります。これを過失相殺といいます。そのため、従業員が企業に対して損害賠償請求をする場合には、企業側は従業員に落ち度があったと主張することがあります。そのため、従業員は、事故の経緯について自分に落ち度がなかったことを積極的に主張していくことが重要となってきます。また、民事訴訟を提起して損害賠償請求が認められるとしても労災保険などによって補填された部分は損害額から控除されます。そのため、労災保険で給付される金額が決定したタイミングが訴訟を提起するタイミングといえます。

労災申請は弁護士等の専門家にご相談ください

労働災害にあった場合、どのような手続き必要かお悩みの方がいらっしゃるかと思います。また、労災申請によって全ての損害が補填されないので民事訴訟を提起することも視野に入れた方がいい場合もあります。そのため、労災申請の際に今後の見通しを知るためにも是非一度、法律の専門家である弁護士にご相談ください。